眾議院議員總選舉

眾議院議員總選舉日语: shūgiin giin sōsenkyo */?)是日本選舉的一部份,為改選眾議院所有議席的選舉,因而以「總選舉」稱之。

現行憲法下的選舉

選舉權

  • 選舉權:十八歲以上之日本公民
  • 被選舉權:二十五歲以上之日本公民

小選舉區

目前共有289個地方選區。

比例代表區

目前共有176個席位,分成11個選區。

經費

每次選舉,都會花費約700億日圓[1]

歷屆選舉一覽表

屆數 內閣 投票日 星期 投票率 議席 做滿任期定解散/日 最大黨 議席數 百分比 備註
  
第1回 山縣1 1890年(明治23年)7月1日 93.91% 300 立憲自由黨 130 43.33% 議院内閣制度導入。初の衆議院議員総選挙
第2回 松方1 1892年(明治25年)2月15日 91.59% 解散/1891年(明治24年)12月25日 94 31.33%
第3回 伊藤2 1894年(明治27年)3月1日 88.76% 解散/1893年(明治26年)12月30日 120 40.00%
第4回 伊藤2 1894年(明治27年)9月1日 84.84% 解散/1894年(明治27年)6月2日 107 35.66%
第5回 伊藤3 1898年(明治31年)3月15日 87.50% 解散/1897年(明治30年)12月25日 105 35.00% 進步黨が104議席で第2党
第6回 大隈1 1898年(明治31年)8月10日 79.91% 解散/1898年(明治31年)6月10日 憲政本黨 124 41.33%
第7回 桂1 1902年(明治35年)8月10日 88.39% 376 任期満了/1902年(明治35年)8月10日 立憲政友會 191 50.79% 首次實行不記名投票
第8回 桂1 1903年(明治36年)3月1日 86.17% 解散/1902年(明治35年)12月28日 175 46.54%
第9回 桂1 1904年(明治37年)3月1日 86.06% 379 解散/1903年(明治36年)12月11日 133 35.09%
第10回 西園寺1 1908年(明治41年)5月15日 85.29% 任期満了/1908年(明治41年)3月1日| 187 49.34%
第11回 西園寺2 1912年(明治45年)5月15日 89.58% 381 任期満了/1912年(明治45年)5月15日 209 54.85%
第12回 大隈2 1915年(大正4年)3月25日 92.13% 解散/1914年(大正3年)12月25日 立憲同志會 153 40.15%
第13回 寺内 1917年(大正6年)4月20日 91.92% 解散/1917年(大正6年)1月25日 立憲政友會 165 43.30%
第14回 1920年(大正9年)5月10日 86.73% 464 解散/1920年(大正9年)2月26日 278 59.91%
第15回 清浦 1924年(大正13年)5月10日 91.18% 解散/1924年(大正13年)1月31日 憲政會 151 32.54%
第16回 田中義一 1928年(昭和3年)2月20日 80.36% 466 解散/1928年(昭和3年)1月21日 立憲政友會 218 46.78% 男子普通選挙開始。立憲民政党が216議席で第2党
第17回 濱口 1930年(昭和5年)2月20日 83.34% 解散/1930年(昭和5年)1月21日 立憲民政黨 273 58.58%
第18回 犬養 1932年(昭和7年)2月20日 81.68% 解散/1932年(昭和7年)1月21日 立憲政友會 301 64.59%
第19回 岡田 1936年(昭和11年)2月20日 78.65% 解散/1936年(昭和11年)1月21日 立憲民政黨 205 43.99%
第20回 1937年(昭和12年)4月30日 73.31% 解散/1937年(昭和12年)3月31日 179 38.41% 食い逃げ解散。立憲政友会が175議席で第2党
第21回 東條 1942年(昭和17年)4月30日 83.16% 任期満了/1942年(昭和17年)4月30日 大政翼贊會 381 81.75% 翼賛選挙特例として任期を1年延長した上での任期満了
第22回 幣原 1946年(昭和21年)4月10日 72.08% 解散/1945年(昭和20年)12月18日 日本自由黨 141 30.25% 男女普通選挙開始
第23回 吉田1 1947年(昭和22年)4月25日 67.95% 解散/1947年(昭和22年)3月31日 日本社會黨 143 30.68% 大日本帝國憲法生效期間的最後一次眾議院總選舉。片山內閣成立
第24回 吉田2 1949年(昭和24年)1月23日 74.04% 解散/1948年(昭和23年)12月23日 民主自由黨 264 56.65% 日本國憲法生效後的第一次眾議院總選舉。馴れ合い解散
第25回 吉田3 1952年(昭和27年)10月1日 76.43% 解散/1952年(昭和27年)8月28日 自由黨 240 51.50% 抜き打ち解散
第26回 吉田4 1953年(昭和28年)4月19日 74.22% 解散/1953年(昭和28年)3月14日 自由黨吉田派 199 42.70% 混蛋解散
第27回 鳩山一郎1 1955年(昭和30年)2月27日 75.84% 467 解散/1955年(昭和30年)1月24日 日本民主黨 185 39.61% 天の声解散
第28回 岸1 1958年(昭和33年)5月22日 76.99% 解散/1958年(昭和33年)4月25日 自由民主黨 287 61.45% 話し合い解散55年体制初の総選挙
第29回 池田1 1960年(昭和35年)11月20日 73.51% 解散/1960年(昭和35年)10月24日 296 63.38%
第30回 池田2 1963年(昭和38年)11月21日 71.14% 解散/1963年(昭和38年)10月23日 283 60.59%
第31回 佐藤1 1967年(昭和42年)1月29日 73.99% 486 解散/1966年(昭和41年)12月27日 277 56.99% 黑霧解散
第32回 佐藤2 1969年(昭和44年)12月27日 68.51% 解散/1969年(昭和44年)12月2日 288 59.25%
第33回 田中角栄1 1972年(昭和47年)12月10日 71.76% 491 解散/1972年(昭和47年)11月13日 271 55.19%
第34回 三木 1976年(昭和51年)12月5日 73.45% 511 任期満了/1976年(昭和51年)12月9日 249 48.72% ロッキード選挙。日本国憲法下で初の任期満了による衆議院議員総選挙
第35回 大平1 1979年(昭和54年)10月7日 68.01% 解散/1979年(昭和54年)9月7日 248 48.53%
第36回 大平2 1980年(昭和55年)6月22日 74.57% 解散/1980年(昭和55年)5月19日 284 55.57% ハプニング解散眾參同日選舉,首相大平正芳突然去世
第37回 中曽根1 1983年(昭和58年)12月18日 67.94% 解散/1983年(昭和58年)11月28日 250 48.92% 田中判決解散
第38回 中曽根2改2 1986年(昭和61年)7月6日 71.40% 512 解散/1986年(昭和61年)6月2日 300 58.59% 死んだふり解散眾參同日選舉
第39回 海部1 1990年(平成2年)2月18日] 73.31% 解散/1990年(平成2年)1月24日 275 53.71%
第40回 宮澤改 1993年(平成5年)7月18日 67.26% 511 解散/1993年(平成5年)6月18日 223 43.63% 嘘つき解散55年體制崩壊、細川內閣成立
第41回 橋本1 1996年(平成8年)10月20日 59.65% 500 解散/1996年(平成8年)9月27日 239 47.80% この回より小選挙区比例代表並立制
第42回 森1 2000年(平成12年)6月25日 62.49% 480 解散/2000年(平成12年)6月2日 233 48.54% 神國解散。比例区の定数削減
第43回 小泉1改2 2003年(平成15年)11月9日 59.86% 解散/2003年(平成15年)10月10日 237 49.37%
第44回 小泉2改 2005年(平成17年)9月11日 67.51% 解散/2005年(平成17年)8月8日 296 61.66% 郵政解散
第45回 麻生 2009年(平成21年)8月30日 69.28% 解散/2009年(平成21年)7月21日 民主黨 308 64.16% 民主黨成為第一大黨。原第一大黨自民黨成為第二大黨。
第46回 野田改3 2012年(平成24年)12月16日 59.32% 解散/2012年(平成24年)11月16日 自由民主黨 294 61.25% 近いうち解散自民黨成為第一大黨,第2次安倍內閣成立。原第一大黨民主黨成為第二大黨。
第47回 安倍2改 2014年(平成26年)12月14日 52.66% 475 解散/2014年(平成26年)11月21日 291 61.26% アベノミクス解散
第48回 安倍3改3 2017年(平成29年)10月22日 53.68% 465 解散/2017年(平成29年)9月28日 284 61.08% 日本將選舉權下修至18歳後的首次眾議院總選舉
2021年

相關條目

參考資料

  1. 総選挙事務700億円 貴重な一票忘れずに - 東京新聞・2014年11月22日付け《2017年10月14日閲覧;現在はインターネットアーカイブ内に残存》

外部連結


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